第一回(って何度もやるの?(^^;)

日本オオカミ協会オオカミ神社参拝ツアー

1日目(2003.4.24)

朝7:30池袋駅集合。集まったのは全部で13人。みたけ山からは私と東馬場の克己さん。大のお友達です(笑)

バスは瑞穂観光の19人乗り。ゆったりです。営業の大波チャンありがとう!!(^。^)運転手は星潤一郎さん。潤チャン無理を聞いてくれてありがとうございました。またお願いね(^。^)8:00ちょっと前に、ほぼ予定どおり出発〜〜〜。

10:00予定どおり宝登山神社到着。これは神社の中にあるお寺の山門。昔はお寺と神社は一緒にありました。いまはお寺のお坊さんはいなくて神社で管理しているとのことです。

到着すると「日本オオカミ協会参拝」と大きな看板が・・・(^。^)っとその時!!「パンパンパン!」と空で音が「なんだなんだ?どうしたんだ!?」「花火だよ〜」運動会などで打ち上げる花火(音だけのヤツ)が・・・。一同唖然としていると受け付けの係の人が打ち上げに使った筒(アルミ製の迫撃砲のような格好をしていた)事も無げに片づけていました。「いつもやっているのね(^^;」

宝登山神社でお世話になった曽根原さん。とても優しくて気さくな禰宜(ねぎ・・・神職の肩書きのこと)さん。

この地方には花火が多く、参拝の皆さんのお越しの時は花火をあげます。ひゃ〜〜派手です(^。^)

そう言えば吉田の流星とか言ってロケット大会があるのもこの地方・・・?

右はお寺を改造した参集殿でオオカミの信仰についてレクチャーをしてくれる曽根原神職。「お焚き上げ祭」という特殊な神事があるそうです。お米を炊いてオオカミさまにお供えするとのこと。毎月七日にご本社と奥の院の後ろの石の上にもお供えするそうです。「オオカミさまは宝登山の山の中にかくろいますと言います」とのこと。三峰山やみたけ山とは違って、大口真神社(オオカミの神社)があるわけではないそうです。私的にはこの方が古い形なのでは?と感じました。良いじゃないですか、森の中がオオカミさまの住まいだなんて・・・。

オオカミレクチャーの様子です。ここは今は社務所に隣接する客殿として使われていますが、昔は玉泉寺というお寺だったそうです。信者さんのご先祖の供養も今は神社が代理で行っているとのことでした。

レクチャーをしてもらった客殿の中にあるご本尊さま。ここが玉泉寺の庫裡(くり)?。鴨居の上には欄間に彫刻がいっぱい。画面左端の欄間に皆さま、お待ちかねのおいぬ様が!!

右端はお友達の神職馬場克巳氏。参拝の時には背広にネクタイは神職の常識ですので、この格好です。一般人の皆さまはそれなりでもよろしいんじゃないでしょうか?

えっ?きちんとしろですって?まあ形式化するより本質が大切と言うこともありますので・・・(^^;

上の写真の左端に待望のおいぬさまが・・!
上を拡大するとこうなります。白黒二匹のおいぬ様が座っています。左のお坊さんの家来という感じですね。お坊さんは空海、弘法大師でしょう。この玉泉寺は弘法大師の弟子の空円が開祖と伝えています。この欄間のタイトルが「高野山開創」ですもん(笑)間違いない!

拝殿で正式参拝をしました。どう言うことをするかというと、玉串(たまぐし・・・榊の枝)を神様の机に載せて拝礼をします。1人が代表で参拝し、それ以外の人は代表に合わせて2礼2拍手1礼します。今回は私が会長の丸山先生の代理で行いました。神職がやった方が皆さんもあわせやすいので・・。右は拝殿の欄間に奉納されていた「ヤマトタケルの尊と火を消すオオカミ」

宝登山神社ではおいぬ様が山火事を消し止めたという伝説が残っています。そこで「火防の神」として信仰されています。宝登山ももとは火止山だったとのこと。

拝殿の天井にも白黒一対のおいぬ様が・・・。ほかにも絵師に書かせたいろいろな動物の奉納がありました。オオカミは畑を荒らす鹿やウサギを捕獲して食料とします。丸山会長によると「いよいよ困ればイノシシにも挑む」とのことです。それで畑の守り神、その延長で豊作の神様として信仰を集めるようになりました。
参集殿の玄関で「日本オオカミ協会」の看板と一緒に記念撮影。これで宝登山神社に別れを告げ一路三峰山へ。「ここからどの位かかりますか?」「約二時間かかります。」「え〜〜〜〜っ!そんなにかかります?!」以外と時間を食うことが判明。「今こちらを出たと三峰神社に連絡をしておきますよ。」いやぁ お心遣い感謝いたします(^。^)。「今11時だから着くのは午後1時ですな!」
はいっ!到着(笑)午後1時 定刻通り ここは三峰神社の駐車場にいちばん近い鳥居。この鳥居は三柱鳥居と呼んでいますがいわゆる三輪鳥居の一種でしょうか?両側には狼が狛犬として鎮座しています。いやが上にも期待が膨らみます。
お世話になった千島さん。パンフレットの中に「幻のニホンオオカミ展-半世紀ぶりに秩父で毛皮発見(世界で七例目)秩父宮記念三峰山博物館館長 山口民弥」というコピーが・・・。お心遣い、またまた感謝(^。^)ここでも正式参拝をしました。土曜日で混み合っていましたが午後1時と言うことで少々空き気味でした。拝殿にはいると正面に白いおいぬ様が1対。江戸時代のものとのこと。「ご奉納いただいた講は現在は存在していません」と千島さん。わが御嶽神社も講が減って・・・って愚痴っても仕方がありません(笑)つい本音の話ができるのも長いおつき合いのたまものですね(^。^)

お昼は三峰神社の宿泊施設「興雲閣」で・・。わっぱめし、これが温かく、ウナギとご飯が絶妙で・・(笑)鱒の煮浸しも柔らかくて頭からがぶりと・・・。御神酒をいただいたら睡眠不足と空腹で回る回る(笑)

昼食後、大口真神社へ・・・私は精算のため代参(代理で参拝してもらうこと)でした(^^;

三峰山の写真が少ないって?済みません、御神酒で酔っぱらって忘れたようです(^^;

2日目(2003.4.25)

昨晩はバスの疲れで皆さん爆睡?

朝 私は午前4時起床!(笑)このところハイでして・・・(^^;年のせい?(笑)

朝食の後 昨晩の予定だったスライドショーを・・

去る5/15に行われた「真神祭」(大口真神・・オオカミのお祭り。1月5月9月の3回行われます)のデジカメ画像を元にオオカミ信仰のみたけ山での事例紹介をしました。

私ども駒鳥山荘の玄関で「はいっ!ポーズ」これから御嶽神社へ参拝です。

御嶽神社の拝殿にて。昨日の三峰神社もシートで覆われていましたが、こちらも同じ(^^;偶然ですが・・この後 私がご祈祷をしました。代表は今回は自家用車で参加の薄井さん。昨日今日で三回の参拝で皆さん参拝上手になりました

(^。^)

拝殿に掲げられているヤマトタケルとオオカミの絵。鰭崎エイホウと言う画家の明治期の作品。

みたけ山には「山に迷った日本武尊(ヤマトタケル)を白いオオカミが救った」という伝説が残っています。これは昨日の宝登山神社とよく似ています。こちらは火事にはなりませんが・・・

上の絵を拡大したもの。この絵は白黒(黒はチト見づらいですが)1対のオオカミが案内しています。伝説上は「白い狼」ですが、何処でも白と黒の一対になるようです。陰陽と言いますか、左右対称といいますか、どうしてもこういう風になるようです。

この後、いよいよ待望の「大口真神社(おおくちまがみしゃ)」へ・・・。これがその社。御嶽神社のご本殿の後ろに鎮座しています。みたけ山の宿坊では持ち回りで「おいぬ講」という集会を毎月(原則ですが)行っています。夜の8時に羽織袴で各宿坊の神前(みたけ山の宿坊では宿坊内の神社をこう呼びます)に集合し、ご祈祷してから(原則として)豆腐を肴に直会(いっぱい飲む)をします。その日に昼間、大口真神社へ赤飯を上げると言うことをしきたりとしている宿坊があります。全部の宿坊に残っているしきたりではないですが・・・
大口真神社はみたけ山の本当の山頂に鎮座しています。海抜930メートル。そこから奥の院というピラミッドの形をした山が良く見えます。元々は遙拝と言って、遠くからそのお山を拝んだのが御嶽神社の始まりではないか?というのが私の説です。文献的には残っていませんが奥の院の山の形が厳としてそう言っているきがするのですが・・・。

大口真神社の右手を下って、少し広い場所があります。ここは「太占(ふとまに)」祭を行う場所です。太占祭とは、鹿の肩胛骨を火であぶると亀裂が入ります。その亀裂の入り具合でその年の農作物の収穫料を占う、いわゆる占いのお祭りです。毎年、正月2日に行われます。昔、祭事担当だった頃、火が消えそうになり、口で「ふーふー」吹いたら先輩に「吹くんじゃない!」と怒られたことがありました(笑)。お祭りの後、別の先輩が「おまえらへたくそだな、もっと旨くやれ!」と笑われました。その先輩は次の年に火が消えて大失敗(^^;大笑いしてやりました(笑)時効、時効(笑)

さてこの広場から細い山道を100メートルくらい歩くと・・・

我々が通称「石のお宮」と呼ぶ祠があります。ちょうど小さい丘のようになっているところにお祭りしています。みたけ山の古い絵地図に「神狗供所」と記している場所があります。今では、それが何処だか判らなくなっています。私はここがそうだったのではないかと考えています。この左手が深い谷で、この谷で昔オオカミの遠吠えが「うぉおおおおおおおお〜ん」と聞こえたかと思うと感無量のものがあります。

ぜひ!モンゴルから野生オオカミを輸入して奥多摩に放したいものです。ニホンオオカミという純血種でないのははなはだ心外ではありますが、会長の丸山東京農工大教授のお話ですと「DNA鑑定の結果、同一種と判定された」とのこと!goodでございます(^。^)

その石のお宮の前にある大きめ(直径40センチメートル)の丸い手水鉢。これに赤飯を載せたのではないかとも思っています。皆さんはこれが乗っている石に興味を示し「この石の方が貴重なんじゃないですか?」と・・・シロウトとは恐ろしい。以外と核心を突く指摘だったりして・・・(^^;

オオカミグッズ販売を行っているお二人。いやぁ近頃の女性は行動力ありますなぁ(驚)

そう遠くない時期にweb上でオオカミグッズの販売を行うやも知れません。

結構かっこいい便せんとかTシャツや缶バッジがあります。私も去年のオオカミTシャツがよれよれになってしまったのでそろそろ新調しないと・・・

付録(写真提供:武蔵御嶽神社)

これは武蔵御嶽神社の宝物殿に収納されている蔵王権現と眷属(部下、あるいはお使い)の一対のオオカミ

青梅の市内在住の人が奉納いただいたそうです。御嶽神社は江戸時代まで「御嶽蔵王権現」と呼ばれていました。蔵王権現とは山伏の崇拝した仏体(正式には仏ではないのですが・・)で、江戸時代までご本尊として崇敬を集めて参りました。私も個人的には大好きな神格のひとつです。その前に侍るオオカミは手下のようです。

皇學館大學の名誉教授の真弓常忠さんが書物で「山伏のことをいぬと呼んだ」と書いていました。かなり以前のことなのでどの本でおっしゃってらしたかを失念しました。誠に残念ですが・・・。時間を見つけて調べてみたいと思います。

感想

それぞれの神職さんのお心遣いに感謝する旅行となりました。宝登山神社、三峰神社、そしてわが武蔵御嶽神社の神様、おいぬ様にひとえに感謝でございます。

一般に神社は今日では役割が薄い存在になっていますが、皆さんの心のよりどころとしてこれからも存在し続けるでしょう。頭を下げるという習慣はなかなか少ないでしょうが、こういう機会にぜひ体験していだだいて、「以外と気持ちがいいものだ」と感じていただければ幸甚です。

日本オオカミ協会の皆さんが武蔵御嶽神社の大口真神社に参拝なさったときに「特にお喜びになっている」と感じました。ちなみに私は霊能者でも予言者でもありませんが・・(^^;

参加なさった皆さんが少しでも「良い旅でした」と感じていただければ、最高の幸せです。

お気づきの点はメールをくださいね(^。^)

それでは、これで、ご報告を終わります。

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